AIを化けさせるのは指示ではなく配役。「◯◯になったつもりで」の心理学
ある心理学の実験で、4歳と6歳の子ども180人が、退屈な作業に取り組みました。すぐそばには、いつでも遊べる魅力的なゲーム。誘惑に負けず、10分間どれだけ粘れるかを試すのです。
最も長く粘ったのは、どんな子どもたちだったと思いますか。
答えは、マントを羽織って「バットマンはよくがんばってるかな」と自分に問いかけた子どもたちでした。自分を外から眺めるほど粘り強くなるこの現象は、バットマン効果と名づけられています。
そして、この現象は人間の子どもだけのものではありませんでした。実はAIも、誰かになりきったときに化けるのです。
この記事では、その裏付けとなる研究、私がこの記事自体で行った実験、そして成果を出す人選の条件を紹介します。
動画で見たい方はこちら。
私たちは「指示を増やせば良くなる」と思い込んでいる

「箇条書きで」
「専門用語は使わないで」
「ですます調で」
AIの成果物が物足りないとき、私たちはまず注文を増やします。もっと細かく、もっと具体的に。この直感が、たいてい裏切られるのです。
効くのは、逆の一手でした。指示を足すのではなく、役割をひとつ与える。それが「◯◯になったつもりで」という一文です。
◯◯には、任せる仕事で最も成果を出しそうな人物の名前を入れます。たとえば、次のようにそのまま使えます。
スティーブ・ジョブズになったつもりで、明日の商談で使うプレゼン資料の構成を考えて名前ひとつが、分厚い指示書に勝る理由

AIは、著名人の著作・講演・発信を大量に学習しています。名前はその蓄積を丸ごと呼び出す、いわば思考の起動スイッチなのです。
AI開発企業Anthropicの公式ドキュメントにも、役割の設定は挙動とトーンを変え、たった一文でも違いが出ると明記されています。
人間の側にも、これと響き合う知見があります。組織論の大家ジェームズ・マーチらは、人の判断の多くが損得の計算ではなく、ある問いで決まると論じました。
その問いとは「自分のような人間は、この場面でどう振る舞うか」。適切性の論理と呼ばれる考え方です。
指示が並べるのは「何をするか」。役割が決めるのは「誰としてやるか」。そして行動を深く規定するのは、たいてい後者なのです。
役割の一文で、AIの正答率は跳ね上がった
これは理屈だけの話ではありません。2024年に発表された研究が、当時のChatGPT(GPT-3.5)に役割を与えて、正答率の変化を検証しています。
数学の文章題テスト:53.5%から63.8%
数学の文章題から5択で答えを選ぶテストでは、正答率が53.5%から63.8%まで上がりました。与えた役割は「生徒にいつも正しく数学を教える優秀な数学教師」です。
From now on, you are an excellent math teacher and always teach your students math problems correctly.文字つなぎ問題:23.8%から84.2%
複数の単語の最後の文字をつないで1つの文字列を作る問題では、正答率が23.8%から84.2%まで跳ね上がりました。役割は「文字つなぎを生徒に教える優秀な教師」です。
From now on, you are an excellent teacher and are teaching your students to get a new word by concatenating the last letters of several words.マントを羽織ったのは、今度は子どもではなくAIでした。適切な役割を演じさせるだけで、振る舞いは劇的に変わるのです。
ただし、役割は「知識」を増やさない

ここで、立ち止まる価値があります。役割は万能なのでしょうか。
同じ2024年の別の研究は、162種類の役割で2,410問の知識問題を、4系統9種のAIモデルに解かせました。役割による正答率の改善は、ありませんでした。
役割が変えるのは、文体・構成・発想にとどまります。つまり自信は演じられても、知識は演じられないということです。
だから、成果物に含まれる事実や数値の確認は省けません。確認のやり方は、AIの成果物をCodexにレビューさせる2ステップで解説しています。
この記事自体が、実験台になっている

私がこの一文を試したきっかけは、Xで話題になっていたnote記事、「こち亀のClaude Codeの回が読みたい」でした。
こち亀のClaude Code回の台本をAIに丸ごと書かせたというもので、両津勘吉がClaude Codeで金儲けをたくらみ、最後は大損して終わる。あのフォーマットが、完全に機能していました。
そこで私も、自分のブログ記事を1本選び、全面的に書き直させてみました。選んだ人物がアダム・グラントです。
ペンシルベニア大学ウォートン校で最年少の28歳で終身教授になった組織心理学者で、著書にGIVE & TAKEやORIGINALSがあります。
できあがった文章は、研究の裏付けとストーリーテリングが織り合わさった、まさに本人が書いたかのような仕上がりでした。
そして、種明かしです。いま読んでいるこの記事こそ、実験の答案そのものです。
人選の条件は、たった1つ
誰を配役するか。条件は1つだけです。その人の作品・成果物・発信が世の中に大量にあり、AIが学習していること。
逆に、世に情報がほとんど出ていない人物では、呼び出せる蓄積がありません。マントを渡しても、AIがその中身を知らなければ、演じようがないのです。
使い分けの例も挙げておきます。
- プレゼン資料の構成なら、スティーブ・ジョブズ
- 研究の裏付けで説得力を出すなら、アダム・グラント
- 学びを面白さと例え話で伝えるなら、西野亮廣
まとめ:AIの上司ではなく、キャスティングディレクターになる
この記事の要点は次の3つです。
- AIへの依頼は、細かい指示を並べるより「◯◯になったつもりで」の一文が効く
- 役割が変えるのは文体・構成・発想で、事実の正確さは変わらないため、確認は省けない
- 人選は、作品と発信が世に大量にあって、AIが学習している人物を選ぶ
マントを羽織った4歳児は、いつもより長く粘れました。役割を与えられたAIは、いつもより高い性能を見せました。引き出されるのを待っている力は、思いのほか大きいのです。
AIに仕事を任せるときの私たちの役目は、細かく管理する上司ではありません。その仕事に最高の人物を割り当てる、キャスティングディレクターです。
まずは自分の分野の一流を1人選び、「◯◯になったつもりで」を添えて依頼してみてください。ただし、配役がどれほど見事でも、事実の確認だけはお忘れなく。
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